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雲装う梅雨の山~高野町富貴へ
雲の上に一在所あり梅雨の山 (水津 順風)
「雲海」というイメージは、文字通り、雲が海のように広がり、山々が島のように見えるすがたである。ところが、この日は、場所によっては「雲海」であり、場所によっては「雨脚(あめあし)」とか、「川霧(かわぎり)」ともいうべき風景であった。
ここは、紀伊山地の山々がひしめく、和歌山県橋本市谷大深(たにおぶか)。橋本の市街地から、標高約650メートルの高野町富貴へ向かう途中の県道である。
右手は和歌山県側。眼下には峡谷が大きくうねり、水流は雨季特有の荒々しい音をたて、谷に沿うて、高野山系の山々が屹立している。
左手は奈良県側。県道沿いの山肌には、夏草が生い茂り、蛍を入れると幻想的という「蛍袋(ほたるぶくろ)」が、かれんな花をつけている。行けども、行けども、見上げるような山々が続く。
雲は、ときには峡谷によどみ、ときには雨脚のように走り、峡谷の深さを見せつける。雲はまた、あちこちの山襞(ひだ)にたまり、這うように上昇していく。そうかと思えば、峡谷から川霧のように沸き立ち、風にあおられると、こんどは、山の斜面に直立する杉や桧が、幹の色さえあらわにする。
車で雲を縫いながら走る。すると、こんどは雲の上にいきなり盆地がひらけ、まちが現れる。道の両脇に軒をつらねた家々、真っ赤な郵便ポストが立つ郵便局や、警察の駐在所もある。ここが目的地、高野町富貴地区であった。
約1200年前、弘法大師(空海)が、真言密教の修行地として選んでも、決して不思議ではないところだ。私など仕事でも限り、まず、訪れることはないが、富貴地区は、橋本の市街地から、車でわずか半時間余のところ。大自然に心を遊ばせたい時は、躊躇せず、走ってこようと思っていた。