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車窓に互干し風景~1970年代の小原田

南海高野線アーカイブス8回目は、1970年代、橋本市小原田の瀬間滝付近を走る通勤電車(写真上)と、座席指定特急「こうや号」(写真中)、そして、とくにこのあたりの車窓から眺めることができた互工場の様子(写真下)に触れることにしよう。
このシリーズ4回目でも紹介したが、こうや号は4両固定編成で、全長70・9メートル。車内のインテリアは、高島屋のデザイン部が担当、あまりにもぜいたくな仕上げだったので、お年寄りが履物を脱いで乗ったというエピソードを聞いたことがある。真紅とクリームの明るいツートンカラーは、深緑の山岳線によく映える列車だ。
車窓から眺める小原田の互屋の風景。橋本市内のあちこちの土壌に「ネコツチ」と呼ばれる良質の粘土が含まれていたことから、70年代までは、小原田だけで3軒が操業していた。
写真は互の製造工場の1つで、互干し用の横木に互を並べて、真っ白になるまで乾かす作業をしているところ。この後、乾ききった互を窯に入れて、970度で「本焼き」し、焚口の窯を閉めると、青いガスが発生し、色づいた互ができあがる。
互屋の一員として、当時、作業を手伝っていた稲本紀久代さん(70)は、「梅雨時に干した互が、急に雨が降り出し、慌(あわ)ててしまいこんだことがあるなど、随分と苦労しました」と話していた。
                   (フォトライター 北森久雄)

更新日:2011年5月9日 月曜日 09:23

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